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最高裁判所第二小法廷 昭和62年(行ツ)114号 判決

大阪市北区梅田一丁目一番三-二七〇〇号

上告人

矢野技研株式会社

右代表者代表取締役

矢野信吉

右訴訟代理人弁護士

岡田春夫

同弁理士

北村修

東京都港区新橋二丁目一六番の一の七〇一号

ニュー新橋ビル七〇六号室

被上告人

コスモ工機株式会社

右代表者代表取締役

加藤昭二

右当事者間の東京高等裁判所昭和六〇年(行ケ)第一七二号審決取消請求事件について、同裁判所が昭和六二年七月七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人北村修、同岡田春夫の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 奧野久之 裁判官 中島敏次郎)

(昭和六二年(行ツ)第一一四号 上告人 矢野技研株式会社)

上告代理人北村修、同岡田春夫の上告理由

上告人の上告理由は理由不備、理由齟齬及び法令違背の三点よりなるが、上告理由の説明を容易にするために、まず、「上告に至るまでの経緯」及び「原判決の要旨」について言及した後上告理由につき詳述する。

第一.上告に至るまでの経緯

本件は、上告人の「流体管継手における管の逸脱防止装置」に関する実用新案登録第一四四六六五二号考案(以下「本件考案」という)についてなされた、被上告人の登録無効審判請求に対する特許庁の棄却審決の取消請求上告事件である。

本件上告に至るまでの経緯を簡単に述べると以下の通りである。

上告人の本件考案は昭和五七年八月一三日に実用新案設定登録がなされたが、被上告人は昭和五七年一二月七日、上告人を被請求人として、本件考案は甲第四乃至第八号証刊行物に基づいて当業者が極めて容易に考案することができたとの理由により、実用新案登録無効の審決を請求し、審理の結果、昭和六〇年八月六日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下 「本件審決」という)があった。

被上告人は本件審決を不服とし、昭和六〇年一〇月四日、東京高等裁判所

(以下「原審」という)に対し本件審決の取消請求訴訟を提起し、審理の結果、本件考案は甲第四号及び第七号証刊行物に基づいて当業者が極めて容易に考案することができたと認定し、本件審決を取り消す旨の判決(以下「原判決」という)がなされたものである。

第二.原判決の要旨

原判決を要約すると以下のとおりである。

1. 本件考案の構成要件は、

(イ) 接続管10の先端縁に設けた膨隆管部の内側に、挿込み管5の先端縁が挿込まれ、その接続管10と挿込み管5との連結嵌合部にゴムパッキング環11が嵌込まれていて、そのゴムパッキング環11には、挿込み管5の外側に遊嵌し、ねじ杆13にて接続杆10の膨隆部の端縁の鍔縁12と管軸長方向に螺締緊結させた押輪1の内側突縁が圧接されている流体管継手において、

(ロ) 前記押輪1の外側周に、挿込み管5の管軸線方向に対して、先端が狭搾した複数個所の膨出傾斜突縁2、2……が突設され、

(ハ) その膨出傾斜突縁2、2……の内側周に、夫々、前記挿込み管5の先端縁に向けて拡開した傾斜平坦面3が設けられ、また、外側に、前記内側傾斜平坦面3と平行する外側傾斜平坦面4を設け、内側には、内部の挿込み管5の外周面に喰込む尖突縁6、6を管軸線と直交する方向に設けた楔駒片7が、前記押輪1の一直径線A-Aを堺とした一側方の各傾斜突録2の内側に嵌装され、

(ニ) その楔駒片7の外側傾斜平坦面4に係着する平坦面9を先端縁に設け、頭部に回動頭部14を有する押ねじ杆8が、前記膨出傾斜突縁2に直交して、ねじ付けられ、その楔駒片7の外側傾斜平坦面4に、前記押ねじ杆8の先端の平坦面9の全面が押付けられて成る管の逸脱防止装置の構造

である(原判決書第二丁裏末行乃至第三丁裏末行及び第二〇丁裏末行乃至第二一丁表二行目)。

2. 甲第四号証刊行物(以下「第一引用例」という)には

「押環1の外周に数個所の膨出部1aを一体にて成型すると共に数個所の膨出部1aに夫々その頂部に傾斜部を有するU陥部2を穿設して押子3を収容し、而うして該押子3の頂部に同じく傾斜部を設け更に下部に鋸山状の系止部3aを並設し、前記膨出部1aの頂部に押ネジ4を螺合して押子3を押圧して成る管接手」が(原判決書第四丁裏二行目乃至七行目及び第二〇丁裏末行乃至第二一丁表二行目)、甲第七号証刊行物(以下「第二引用例」という)には

「側部要所に縦のテーパー溝5を有する摺動杆6を挿入した軸管7の要所へ、摺動杆6における前記テーパー溝5に対して直角になるよう適宜傾斜せしめて調整ねじ8を螺通せしめてなる上下動調整装置」が(原判決書第三四丁表五行目乃至第三五丁表六行目)、それぞれ記載されている。

3. 本件考案と第一引用例記載のものの両構造を比較するに、第一引用例記載のものは本件考案の構成要件たる前記(イ)乃至(ハ)の各構造を具備しているが(原判決書第二四丁表八行目乃至一〇行目および第二九丁表四行目乃至五行目)、押子3の頂部の傾斜部に押ネジ4の先端縁の一端のみが押し付けられ、押ネジ4の先端縁の他端と押子3の頂部の傾斜部との間には僅かの間隙を有し、本件考案における「その楔駒片7の外側傾斜平坦面4に、前記押ねじ杆8の先端の平坦面9の全面が押付けられて成る」構成を有しない(以下「本件相違点」という)ので、本件考案の構成要件たる前記(ニ)の構造を具備していない(原判決書第三二丁裏五行目乃至第三三丁裏九行目)。

4. しかし本件相違点にかかわる、本件考案の当該「押ねじ杆8の先端の平坦面9の全面を楔駒片7の外側傾斜平坦面4に押し付ける」構成は、第二引用例に記載されている(原判決書第三五丁表七行目乃至裏二行目)。

したがって、本件考案は第一及び第二引用例に基づき当業者が極めて容易に考案することができたものであるから、本件審決の判断は誤りであり、本件審決は取り消されるべきである(原判決書第三八丁裏末行乃至第三九丁裏三行目)。

第三.上告理由

一.第一点(理由不備ないし理由齟齬)

原審において、上告人は、本件考案と第一引用例記載のものはその利用する基本的技術思想が異なる旨主張し、本件考案が当業者に極めて容易に考案し得たか否かにつき、この点が重要な争点となっている。

原審は、本件考案と第一引用例記載のものとはその利用する基本的技術思想が異なる旨の上告人の右主張を裏付ける具体的事実をすべて認めている。

したがって、本件考案と第一引用例記載のものがその利用する基本的技術思想を異にすると結論せざるを得ないにもかかわらず、原審はその反対の結論を導いており、当該反対の結論を導いた理由を何ら十分に述べていない。

したがって、原判決には右の争点につき、民事訴訟法第三九五条第一項第六号に定める理由不備ないし理由齟齬の上告理由が存在するものである。

以下右理由不備ないし理由齟齬の点につき詳述する。

1. 上告人は、本件考案と第一引用例記載のものはその利用する基本的技術思想が異なると主張し、その理由として、

第一引用例記載のものは

第一段階の滑り防止機能

(押ネジ3の先端縁の一端が押子3の傾斜部を押圧して押子3を下圧し、その下部に並設した系止部3aが直管5の外周壁に喰込むので直管5の管軸心方向の滑りを防止する機能であって、楔効果の利用が全くないものである。)

このことは、原判決書第二七丁表五行目乃至九行目の

「第一引用例には、前記認定の構成により、押ネジ4を回動下降させると押ネジ4の先端は押子3の傾斜部を押圧して押子3を下圧し、その下部に並設した系止部3aは直管5の外周壁に喰込むので直管5の管軸心方向の滑りは、完全に防止される旨の記載」

および甲第四号証第一頁第二欄五行目乃至九行目の記載から明らかである。

特に大切なことは、この第一段階の滑り防止機能には、楔効果を利用する滑り防止の作用効果が全く存在しないことである。)

第二段階の滑り防止機能

(接続後において瞬間的に直管5の軸心方向の力が作用すると、押ネジ4の先端ないし押ネジ4が接触している押子3の傾斜部のいずれかが破壊され、

〔このことは、原判決書第一二丁表六行目乃至同末尾の

「押ネジ4の先端が押子3の頂部の傾斜部内に喰込み、押子3の材質が押ネジ4の材質より硬いか、又は同等の硬さのときは押ネジ4の先端は圧潰し、遂には押子3の頂部の傾斜部とU陥部2の頂部の傾斜部との間隙がなくなり、これらの傾斜部同志が接触するに至る旨の記載」

から明らかである。〕

〔この破壊の進行期間中には、本件考案における接当両傾斜平坦面による楔効果利用の管抜け出し防止作用効果に相当するものがない。〕

次に押子3の頂部の傾斜部は押環1のU陥部2の傾斜部と接触するまで、押環1に対して押子3が直管5と共に抜け出し移動して、その後に押子頂部の傾斜部が押環1のU陥部2内の傾斜部との当接により押子3の鋸山状の系止部3aが直管5の外周壁に喰込み滑りを防止する機能)

〔原判決書第一二丁表末行乃至同裏六行目の記載から、第一引用例記載の第二段階の滑り防止は、次のものであることが明らかである。

「これらの傾斜部同志が接触するに至り、押ネジ4の押子3への押圧力がなくなり、U陥部2の頂部の傾斜部の面が押子3の頂部の傾斜部の面を押圧するので、押子3の系止部3aを直管5の表面に更に強く押圧させることによる第二段階の滑り防止作用を期待するものであること。」

またこのことは、甲第四号証の第一頁第二欄九行目乃至一四行目の記載から明らかである。〕

〔この第二段階の滑り防止機能は、押ネジ4と、押子3の頂部の傾斜部とによる楔効果利用の管抜け出し防止のための構成および作用効果を全く有していない。)

の全く異なった二つの段階の滑り防止機能を意図するものであるのに対し、本件考案は、

甲第二号証第二頁第四欄一二行目乃至一四行目に記載のとおり、楔駒片7も、管の後退により尖突縁と管表面との摩擦を媒介として押ネジ杆8の先端の傾斜平坦面9に沿って管5と共に後退することにより楔効果により尖突縁6が管5の表面に押し付けられるので、尖突縁6の管5の表面への喰い込みが増すので、

「楔駒片7も、管に圧接されたまま押輪の突縁2の内側面の傾斜縮少部に移動されることになり、そのために、楔駒片の尖突縁6は、更に深く管の外面に喰込み、逸脱防止作用は抜出し力の増大に応じて自動的に強化されることになる。」

なるものである。

即ち、本件考案は、

楔駒片7の傾斜平坦面が、押ねじ杆8の先端の傾斜平坦面9の全面に常に接触しながらこれらの両傾斜平坦面に沿って滑らかに移動し始めた後、両傾斜平坦面9、4が常に完全に当接し、かつ、尖突縁6、6と挿込み管5の表面との間の摩擦係止力を前記両傾斜平坦面に沿う滑りに起因する楔効果によって順次確実に増大させ、常に連続的な円滑な楔作用により抜出しを完全に防止する、連続的な単一の滑り防止機能を持つものであり、接続後において瞬間的に挿込み管5(直管)の軸芯方向の力が作用した場合、「押ネジ杆8(押ネジ)の先端」及び「押しネジ杆8の接触している楔駒片7(押子)の傾斜部」のいずれも破壊されることはなく、したがって、楔駒片7の傾斜部が傾斜突縁2(膨出部)の内側傾斜部3(U字部2の内面の傾斜部)に接触することは全くないものである。

と主張している。

2. 原審は、前記1項の事実をすべて認めているにもかかわらず(第一引用例記載のものに関する前記1項の事実については、原判決書第二七丁表五行目乃至裏六行目において、本件考案に関する前記1項の事実については、原判決書第三七丁表一〇行目乃至第三八丁表二行目において、それぞれ認めている)、本件考案と第一引用例記載のものとは基本的技術思想を共通にすると結論している。

3. 原審は、当該結論に至った理由として、「第一引用例記載のものは、流体管継手における従来技術の欠点を除いて挿込み管5(直管5)が接続管から抜け出すことを防止するために前記認定の構成を採択した点において本件考案と基本的な技術的思想を共通にする」とだけ述べており、当該「前記認定の構成」が何を示すのかが甚だ不明確であり、本件考案と第一引用例記載のものがどのような点においてどのような基本的技術思想を共通にするのかにつき全く触れていない(原判決書第三八丁表三行目乃至七行目及び第二七丁裏六行目乃至第二八丁表一行目)。

原審の認定した前記第1項の事実からはむしろ本件考案と第一引用例記載のものがその利用する基本的技術思想を異にすると判断せざるをえないものであり、原判決はこの点において理由の齟齬ないし理由の不備があるものである。

また、仮に右認定事実にもかかわらず、本件考案と第一引用例記載のものが基本的技術思想を共通にすると判断するのであれば、本件考案と第一引用例記載のものがどのような点においてどのような基本的技術思想を共通にするかにつき言及するべきであり、したがって、原判決には当該重要な争点につき理由の不備があるものである。

4. なお一歩譲り、原審の判決理由における「前記認定の構成」の意味を無理に推認するならば、「前記認定の構成」とは第一引用例記載のものの構成と本件考案の構成要件の共通部分の構成(即ち前記第二.1(イ)乃至(ハ)の構成)を示すと考えるほかない。

したがって、原審は、本件考案と第一引用例記載のものとが基本的技術思想を異にするか否かの重要な争点につき、ただ本件考案と第一引用例記載のものが挿込み管か接続管から抜け出さないようにするため、部分的に共通の構成(前記(イ)乃至(ハ)の構成)を持っているから基本的技術思想を共通にすると述べてかるにすぎないものである。

本件考案の本質が、後記三.1.及び2項に詳述するように、第一引用例記載のものの欠点を克服すべく意図的に前記第二.1(ニ)の構成を採用したところにあり、この点は原審も原判決書第二一丁表五行目乃至第二三丁裏一行目において認めるところであるから(判決は第一引用例構造には、(ニ)の構成の存在を認定しておらず、判決第三三丁表末行乃至同裏九行目で(ニ)の存在を否定しているものである。)、本判決判断において、本件考案は前記(ニ)の構成以外の点で第一引用例記載のものと共通することは当然であり、したがって原審は本件考案と第一引用例記載のものとが基本的技術思想を異にするか否かの重要な争点につき何ら理由を述べていないと言えるものである。

以上述べたことから明らかなように、原判決にはいずれにせよ当該重要な争点について理由の不備ないし理由の齟齬があるものである。

5. なお原審は、本件考案と第一引用例記載のものとが基本的技術思想(いかなる技術思想か不明であるが)が共通であるとの誤った結論判断のもとに、第一引用例記載のものに第二引用例記載のものを適用し、本件考案を得ることは当業者がきわめて容易に考案することができたものであると結論しているものであるから(原判決書第三八丁表三行乃至第三九丁表一〇行目)、右理由不備ないし理由齟齬は、原判決の結論に直接影響を及ぼす重要な争点にかかわるものであり、右理由不備ないし理由齟齬が看過できない重大なものであることは明らかである。

二.第二点(理由不備ないし理由齟齬)

原審は、本件考案の意図する連続的摩擦係止力増強効果が押ねじ杆8の先端の傾斜平坦面9と楔駒片の傾斜平坦面4との間の共通傾斜方向への滑らかなすべり構造によってこそもたらされることを認めている。(このことは、原判決書第二一丁表五行目乃至第二二丁裏三行目、殊にその内の第二二丁表六行目以下の記載から明らかである。)

然して第二、引用例(甲第七号証)の構造は、調整ねじ8に直接に当圧されるテーパー溝自体の移動を、直接に止める技術である。(このことは、甲第七号証の第一頁第二欄一五行目乃至一七行目および同二六および二七行目の記載)

したがって、原審の当該認定事実から、調整ねじの先端面を摺動杆のテーパー溝に強く押圧し、その結果摺動杆6自体を固着する第二引用例の固着技術を第一引用例記載のものに適用しても、本件考案の意図する前記効果は得られないことが明らかとなっているものであるにもかかわらず、原審は、第一引用例記載のものに第二引用例記載の、調整ねじ8によりこれに当接の摺動杆6の移動を直接に止める固着技術を適用することにより本件考案が得られると認定しており、この点で原判決には、民事訴訟法第三九五条第一項第六号に定める理由不備ないし理由齟齬の上告理由が存在するものである。

以下右理由不備ないし理由齟齬の点につき詳述する。

1. 原審は、本件考案が前記第二.1.(ニ)の構成を採用することにより、楔駒片7の傾斜平坦面4は、押ねじ杆8の先端の傾斜平坦面9の全面に常に接触しながらこれらの面に沿って両傾斜平坦面が相対的に滑らかに移動することによってこそ尖突縁6、6と挿し込み管5の表面との間の摩擦係止力を順次楔効果により、確実に増大させ、これによってこそ、楔駒片7を管5の表面に喰付かせたままの状態で押ねじ杆8の先端の傾斜平坦面9に常に沿って滑らせ得ることにより、常に連続的な円滑な楔作用により抜出しを完全に防止するという作用効果を発揮することを認めている(原判決書第三七丁表一〇行目乃至第三八丁表二行目)。

2. 即ち、原審は、楔駒片7の傾斜平坦面が押ねじ杆8の先端の傾斜平坦面9の全面に沿って滑らかに移動することによって、本件考案の右連続摩擦係止力増強効果がもたらされることを認めているものである。

したがって、仮に、第二引用例の技術における調整ねじ8の先端摺動杆6のテーパー溝5との接触面積を大きくして調整ねじ8によりテーパー溝の移動を止める技術で、押ねじ杆8を楔駒片7の傾斜平坦面に強く押圧して楔駒片7を固着することが可能となったとしても、本件考案における押ねじ杆8の先端の傾斜平坦面9に対して、これに当接する楔駒片7を常に滑らかに移動させ得る構成と作用によってこそ両傾斜平坦面4、9に沿う滑らかなすべりをさせ、これを利用する楔効果によってこそ得られる本考案の管抜け出し防止の技術思想の得られないことは極めて明らかである。

3. 原審は、第二引用例記載の技術が調整ねじ8を摺動杆のテーパー溝に強く押圧して、もって調整ねじ8に直接に押圧される摺動杆自体を固着せしめる固着技術思想を表すものであることを認めている(原判決書第三四丁表五行目乃至第三五丁表六行目)。

4. 即ち第二引用例の技術思想は、調整ねじ8によって、直接に押圧するテーパー溝自体の移動を直接に止める技術思想であって、その技術目的が、本件考案における押ねじ杆8に対して、その先端に直接に当接される楔駒片7をして滑らかに滑り易からしめて用いる目的とが、その利用の技術思想において明らかに全く相背反するものである。

5. 本件考案は、管の抜け出しを真に止めるには、管の抜け出し移動時の、

A「尖突縁6と、管5の表面との摩擦力を媒介として、管5の抜け出し方向への移動で、楔駒片7を抜け出し方向へ後退させる力」

B「押ねじ杆8から楔駒片7に与えられるところの押ねじ杆8による、楔駒片の抜け出し方向への後退を阻止する力」

のバランスが非常に大切であることを考え得るに至り、

右Aの力に比して、右Bの力を小に構成することにより、甲第二号証(本件公報、実公昭五五-三一三三八号公報)の第二頁第四欄六行目乃至一七行目に記載のとおり、

すなわち、この出願の考案においては、管接合後、押ねじ杆8を螺子回して、楔駒片7を挿込み管5面に押し付け、押込み管5の外面に楔駒片7の尖突縁6、6を圧接して挿込み管5の外面に喰込ませる。

この場合に、挿込み管5が管内水圧または外力によって抜け出す方向に移動すると、楔駒片7も、管に圧接されたまま押輪の突縁2の内側面の傾斜縮少部に移動されることになり、そのために、楔駒片の尖突縁6は、更に深く管の外面に喰込み、逸脱防止作用は抜出し力の増大に応じても自動的に強化されることになる。

なる自然現象を用いることにより、管の抜け出しを防止し得る顕著な作用効果を得るに至り、優れた考案を完成し得るに至ったものである。

(このことは、昭和六二年一月二九日の第七回準備手続において陳述された「昭和六二年一月一六日付被告第四回準備書面の一七頁五行目乃至二〇頁一三行目において明瞭に記されていたものである。)

即ち、本件考案は、第二引用例の技術思想とは全く反対に、押ねじ杆8の先端に対して、これに直接に接触押圧される楔駒片7の傾斜平坦面を滑らかに滑らせ易くする技術目的で、押ねじ杆先端に、その傾斜平坦面9の全面を、楔駒片7の傾斜平坦面に当接させる(ニ)の構成を採用して、本件考案を案出するに至ったものである。

6. 故に、原審の前記1乃至3項の認定事実から、本件考案とは技術目的を全く異にし、むしろ技術目的が反対であるところの第二引用例の固着技術を第一引用例記載のものに適用して、本件考案の楔駒片を押ねじ杆に対して滑らせることによる連続的摩擦係止力を増強させる効果並びに構成、作用効果を当業者が考案することは、本件考案の出願の時点で、次の理由により、極めて容易にできなかったものである。

何故ならば、原審判決で、第一引用例記載のものに組込まれることを想定された「第二引用例の固着技術」は、本件考案の出願日の時点では、前記4項で記した通り、本件考案における(ニ)の構成の「自然現象利用の目的」が全く相背反するものであったから、

右第二引用例の構成が、本件考案の目的達成のために要求されるところの、

移動体の傾斜平坦面aに押ねじの先端の傾斜平坦面bを、押圧させている状態で、前者aをして後者bを滑り易からしめることによってこそ(前記5項に記載の技術思想のために)、後者bに対する滑りにより、前者aをして、管5の表面に喰込ませ易くすることにより、管5の抜け出しを防止させる機能を有することが、本件考案の出願時点に、当業者に明らかでなかったが故に、設定された目的に対してこの審決にいう本件考案の(ニ)の構成要件を採択する過程に困難性が介在したものであるから、本件考案は、その構成の予測可能性がなかったものである。

従って、本件考案は本件考案の出願時点で、当業者が前記第一引用例および第二引用例に記載の技術から、本件考案を極めて容易に考案できなかったものである。

7. 以上の次第であるに拘らず、原審は、その判決書第三八丁表三行目乃至七行目において

「第一引用例記載のものは、挿込み管5(直管5)が接続管から抜け出すことを防止するために前記認定の構成を採択した点において本件考案と基本的な技術的思想を共通にすることは前述のとおりである」

なる、既述のとおり、全く不明な前提をおくだけで、

第一引用例記載のものに、技術目的の相背反する第二引用例記載のものを適用することの当業者における困難性について全然理由を付すことなく、前述の通り技術目的の相背反する右両者を組合せるならば、その結果について、本件考案の効果が認められるとするだけであって、本件考案による効果が、本件考案の出願時の技術水準(技術思想)に基づいて当然に予測できる範囲を越えていたに拘らず、このことについて全く理由を附すことなく、原審は、第一引用例記載のものに本件考案の(ニ)の構成と技術目的の全く反する第二引用例記載の固着技術を適用することにより本件考案の出願日時点で当業者が極めて容易に考案することができたものであると結論しており(原判決書三八丁表七行目乃至三九丁表三行目)、原判決にはこの点において理由の齟齬ないし理由の不備があるものである。

また、仮に右認定事実にもかかわらず、右結論に達したとするのであれば、この点につき理由を述べるべきであり、したがって、原判決には当該重要な争点につき理由の不備があるものである。

8. なお原審は、第一引用例記載のものに第二引用例記載の固着技術を適用することにより、本件考案が極めて容易に得られるとの右判断に基づき、本件考案は第一、第二引用例に記載されたものから当業者が極めて容易に考案することができたと結論しており(原判決書第三八丁表七行目乃至第三九丁表一〇行目)、右理由齟齬ないし理由不備は原判決の結論に直接影響を及ぼす重要な争点にかかわるものであり、右理由齟齬ないし理由不備が看過できない重大なものであることは明らかである。

三.第三点(法令の違背)

原審は、本件考案が第一及び第二引用例記載のものから当業者が極めて容易に考案することができたと結論しているが、原審が認定した具体的事実に基づき実用新案法第三条第二項を適用するならば、本件考案は第一及び第二引用例記載のものから当業者が極めて容易に考案することができないと結論せざるをえないものであり、原判決には、この点において法令違背があるものである。

なお、原審は本件考案が第一及び第二引用例記載のものから当業者が極めて容易に考案することができたとの右誤った結論に基づき、本件審決を取り消しており、右法令違背が原判決に影響を及ぼすことは明らかであり、したがって、原判決には民事訴訟第三九四条に定める上告理由(判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背)が存在するものである。

以下、右法令違背の点につき詳述する。

1. 本件考案の本質

原審は、本件考案が第一引用例記載のものの欠点を解決すべく、楔駒片(押子)の頂部の傾斜面に、押ねじ杆の先端の平坦面の全面が押し付けられる前記第二.1(ニ)の構成を意図的に採用したものであることを認めている(原判決書二一頁表第五行乃至二三頁裏第一行)。

また、原審は、本件考案が前記(ニ)の構成を採用することにより、押ねじ8の先端の傾斜平坦面9に対して楔駒片の傾斜平坦面4を滑らかに滑らせることにより前記連続摩擦係止力増強効果をもたらしたことも認めている(原判決書第三七丁表一〇行目乃至第三八丁表二行目)。

2. 本件考案と第一引用例記載のものとの基本的技術思想の相違

〈1〉 前記第三.一.1.及び2.項に詳述したように、

第一引用例記載のものは

第一段階の滑り防止機能(押ネジ3の先端縁の一端が押子3の傾斜部を押圧して押子3を下圧し、その下部に並設した系止部3aが直管5の外周壁に喰込むので直管5の管軸心方向の滑りを防止する機能)(楔効果による管抜け出し防止の作用効果が全くない)

第二段階滑り防止機能(接続後において瞬間的に直管5の軸心方向の力が作用しても、押ネジ4の先端ないじ押ネジ4が接触している押子3の傾斜部のいずれかが破壊されることによって、押子3の頂部の傾斜部は押環1のU陥部2の傾斜部と接触して押子3の鋸山状の系止部3aが直管5の外周壁に喰込み滑りを防止する機能)(これにも、押ネジ先端と押子3の上面傾斜平坦面との滑りに帰因する楔効果による管の抜け出し防止の作用効果が全く存在しない)

の全く異なった二段階の滑り防止機能を持つものであるのに対し、

本件考案は、

楔駒片7の傾斜平坦面は、押ねじ杆8の先端の傾斜平坦面9の全面に常に接触しながらこれらの面に沿って積極的に滑らかに移動させることによってこそ、楔駒片7の後退に対する抵抗を少なくすることで、楔駒片をして、楔駒片の尖突緑を管5の外面に喰込ませたまゝで、押ねじ先端の傾斜平坦面に沿って滑らかに滑らすことで、押ねじ先端の傾斜平坦面に沿う移動に帰因する楔効果を利用して、尖突緑6、6と挿込み管5の表面との間の摩擦係止力を順次確実に増大させ、常に連続的な円滑な楔作用により抜出しを完全に防止する、連続的な単一の滑り防止機能を持つものであり、接続後において瞬間的に挿込み管5(直管)の軸芯方向の力が作用した場合、押ネジ杆8(押ネジ)の先端及び押ネジ杆8の接触している楔駒片7(押子)の傾斜部のいずれも破壊されることはなく、したがって、楔駒片7の傾斜部が傾斜突縁2(膨出部)の傾斜部3に接触することは全くないものである

ことを原審は認めている。

〈2〉 原審の認定した前記〈1〉の具体的事実から、本件考案と第一引用例記載のものとは基本的に技術的思想を異にすることは明らかである。

なお、原審は、本件考案と第一引用例記載のものが基本的技術思想を同じぐすると判断しているが、その判断の根拠を何ら示していないことは前記第三.一.3.及び4.項において詳述したとおりである。

3. 本件考案と第二引用例記載のものとの基本的技術思想の相違

〈1〉 前記第三.二.1.及び2.項に詳述したように、本件考案の顕著な効果たる、本件考案における連続摩擦係止力増強効果な、櫻駒片7の傾斜平坦面4が、押ねじ杆8の先端の傾斜平坦面9の全面に常に接触しながらこれらの面に沿って滑らかに移動することによりもたらされることは原審も認めるところである。

したがうで、原審の認める右事実から、押ねじ秤8の先端でもって楔駒片を強く押圧し楔駒片を固着させる技術思想では、本件考案の前記連続摩擦係止力増強効果を期待することはできないことは明らかである。

〈2〉 原審は、第二引用例記載のものが、調整ねじ4により、これに直接に接当する摺動汗3自体を固着せしめる技術に関するものであり、従来の構成の場合摺動杆3を制止せしめるために調整ねじ4を非常に強く締めなければならず、また調整ねじ4をきつく締めると、その先端上縁部がテーバー溝2の内底へ喰込んでテーバー溝2を傷つけることが多くなる欠点を克服するため考案された固着技術であることを認めている(原判決書第三四丁表五行目乃至第三五丁表六行目)。

〈3〉 前記〈1〉及び〈2〉記載の原審の認定事実から、本件考案と第二引用例記載のものは、基本的技術思想を異にするのみならず、互いに全く相背反するものであることは明らかである。

したがって、原審の認定した右具体的事実から、第一引用例記載のものに第二引用例記載の固着技術を適用するとしても、本件考案の独特の連続摩擦係止力増強効果を期待することはできないことは明らがである。

4. 第一引用例記載のものに第二引用例記載のものを適用することの困難性

原審は、本件考案は第一引用例記載のものに第二引用例記載のものの固着技術を適用することにより当業者が極めて容易に考案することができたと結論しているが、前記第1.乃至第3.項に述べた原審の認定した具体的事実から、

〈1〉 本件考案で前記(ニ)の構成を用いる技術思想と第一引用例記載の技術思想とは基本的技術思想を異にし、全く相背反する技術思想である。

〈2〉 本件考案と第二引用例記載のものもまた基本的技術思想を全く異にし、(第二引用例には押ネジと押子上面の傾斜平坦面とによる楔効果を利用する管抜け出し防止の技術思想が全くない)

〈3〉 第一引用例記載のものに第二引用例記載の固着技術思想を組合わせることによって、本件考案の独特の連続摩擦係止力増強効果を期待することはできない、

ことは明らかであり、したがって、本件考案は第一引用例記載のものに第二引用例記載の固着技術思想を組合わせることにより当業者が本件考集を極めて容易に考案することはできないと結論せざるをえないものである。

したがって、原判決は右に述べた点において、実用新案法第三条第二項の適用を誤った法令違背があるものであり、また、前記三.の冒頭で述べたように原判決に影響を及ぼすことは明らかであり、原判決には民事訴訟法第三九四条に定める上告理由が存在するものである。

以上

(添付図面省略)

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